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九牛士(きゅうぎゅうし)の伝説
【福塚】

小早川堂

●小早川隆景、自照寺(じしょうじ)へ
 毛利氏が尼子氏を滅ぼしたのち、毛利元就に命じられ
出雲・伯耆の巡見を終えた小早川隆景は、山陽への帰途
釈迦寺(現在の自照寺)に寄宿した。
 その夜、尼子の残党である九牛士が山腹より下降して
食糧の略奪をするため、釈迦寺の境内に出没したところ、
小早川隆景一行の牛馬が多数、庭につながれているのを見て、牛馬を生け捕りにしようとした。この騒ぎに隆景は飛び出し、九牛士と格闘の末、桃の木にしばりつけ「明朝打ち首にするから、それまで番をせよ」と家来に言いつけた。

●住僧 阿明坊(あみょうぼう)の夢
その夜、当寺の住職 阿明坊 和尚に夢のお告げがあった。「我々は尼子の家臣九牛士で、その証拠に主君経久より「金の手形」を所持している。我々の命を助けて下されば、真人間に更正し、以後は牛馬の守護神となって、牛馬を守ってみせます」

●九牛士の改心
翌朝、昨夜の夢の次第を聞いた隆景は、住僧の哀願を聞き入れて、綱を解いてやった。前非を悔い、更正すると誓ってからの九牛士は、自照寺のために良く奉仕し、獣医学に精通していた腕を生かし、牛馬の保護に精進した。
 九牛士逝去後、住僧は九つの塚を建立し、供養を続けた。いつしか、九塚の地名に変わったということである。
 住僧は、観音(小早川)堂を建立し、脇に九牛士を奉安し、牛馬守護神として後世に残すことにした。