●お軽(かる)の嫁入り
元禄時代(江戸中期)、神戸上の田辺長者の当主・善四郎
(別名善六)の息子・半七に、花口村の旧家・清国屋(矢田
貝)の娘・お軽が嫁入りすることになった。嫁迎人(むかえど)
の人足頭(にんそくがしら)を務めることになったのが、田辺
長者の家に住み込みで働いていた新左(しんざ)という若者
である。新左は婚礼の荷物の受け渡し場所となった村境の
三本松から屋敷まで、とほうもない大荷物を軽々と背負って運んだものだから、新左の怪力ぶりが知れ渡ることになる。

●天変地異
お軽が嫁入りしてから幾年かが過ぎた頃、大雨が続き、あちこちで谷の崩落、川の氾濫が起こり、家や田畑が濁流に洗われる事態となった。花口村はひときわ被害が大きく、お軽の生家矢田貝家の前の道路も橋も通行できなくなってしまう。
そこで、矢田貝家は力持ちと評判の新左に橋かけの仕事を頼んだ。川からそう遠くないところで大きな一枚岩を見つけ、あくる朝、ひとりでその岩を背負い、村人が目を覚まさないうちにかけてしまったので、村人たちは改めて新左の力持ちに驚いた。

●歳月は流れ…
新左のかけた大橋はその後、300年以上にわたって、大洪水にも流されることなく、昭和57年まで農作業道として利用されたが、河川改修の折に撤去されることとなった。しかし、地元ではこの橋のことを後世に伝えるべく、今でも川のほとりに残している。

【参考文献】 『日南町史』 『鳥取の伝説』 『神話の故郷』
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新左(しんざ)の力持ち
【花口・神戸上(かどのかみ)】

一枚岩 (長さ6m 幅1.2m 厚さ50cm)