多里の中園(なかぞ)に伝わるお話。
 その昔、青瀧山に大きな屋敷があり、長者が住んでいた。その家には年頃の娘がおり、毎晩のように若者が通ってくる。そして、夜が明ける前に早風山の方へ帰っていく。そんなことが幾日も続き、素性を知りたいと、母親が一計を案じた。
 母親は娘をよび、「男が帰りかけたなら、これを男の髷(まげ)に深く差し込んでおきなさい」と言い付け、大きな針のついた髪飾りを手渡した。その髪飾りは、麻糸で糸車につながっていた。
 そうして、若者がいつものように帰っていこうとするその時、娘は髪飾りを取り出し、髷に差し込んだ。
 からからと糸車は回りつづけたが、明るくなる頃、糸車は
ようやく止まった。使用人を連れ、その麻糸をたどっていくと、
大きな大蛇が山を跨ぎ、鞍掛けとなって死んでいた、という
ことである。これが、跨ヶ寳K(またがさこじり)、鞍ヶ谷(くらがたに)
の地名の起こりと考えられている。
 その後、長者は峠を越し、奥出雲に移ったと伝えられている。

中園の杉林の中に立つ石塔(寛文10年)青瀧長者を供養するため子孫が建てたものだといわれている。

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青瀧長者(あおだきちょうじゃ)
(新屋)