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日南町ゆかりの人物
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銀座に本店のある文房具の老舗「伊東屋」の二代目の社長を務めた人です。  米子中学校(現 米子東高等学校)、東京高等商業学校(現 一橋大学)卒業後、大正7年、明治屋に入社します。当時の明治屋の社長は、倉吉出身の磯野長蔵という人でした。磯野社長と伊東屋の初代・伊藤社長が親しい間柄であったので、義孝を伊藤社長の長女の婿に、という話がまとまり、義孝は30歳の時から伊東屋の経営に携わるようになります。
 戦時中、大空襲をうけ伊東屋ビル全焼という不運に見舞われただけでなく、ビルの権利まで奪われてしまいますが、義孝は買い戻しのために奮闘します。その後、戦後の復興期に義孝親子の努力により、伊東屋はめざましい発展を遂げます。経営から退いたのちも、個展を開くほどの腕前の書画や大好きな旅行に生涯情熱を傾けました。

伊藤義孝(いとう・よしたか)

参考資料:『勝田ヶ丘の人物誌』 『五風十雨 会長閑語』(伊藤義孝/著)

旧    姓  田辺義孝
生 没 年 1894 〜 1996(明治27年 〜 平成8年)
出 身 地 日南町多里
経    歴 実業家(文房具の伊東屋などを経営)。