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日南町ゆかりの人物
 

池田亀鑑(いけだ・きかん/いけだ・かめのり)

別    名 池田芙蓉,北大路春房,青山桜洲,闇野冥火,村岡筑水,富士三郎
生 没 年 1896 〜 1956(明治29年 〜 昭和31年)
出 身 地 日南町神戸上
 経    歴 国文学者(文学博士。古典文学研究者、「源氏物語」研究、平安朝文学の研究)。教育者(東京帝国大学教授)。小説家、文筆家。

参考資料:『鳥取県大百科事典』『続・鳥取県人物伝』『鳥取県 郷土が誇る人物誌』

平安朝文学を専門とする国文学者で、特に源氏物語研究の権威として知られています。私たちがその名を目にすることは少ないかもしれませんが、古典文学の研究者は一度はその門をくぐると言われているほど、多くの研究者に影響を与えています。
 亀鑑は、福成小学校(旧石見東小学校の前身)に赴任していた両親のもと神戸上で生まれ、11歳まで過ごしました。その後、両親の転任により本籍地である現在の伯耆町久古に戻ります。日南町での幼少時代の思い出は『随筆集 花を折る』で知ることができます。
 苦学を重ね、鳥取県師範学校(現・鳥取大学)、東京高等師範学校(現・筑波大学)を経て、東京帝国大学(現・東京大学)を卒業します。数々の大学で教職につき、後年、東京帝国大学の教授となります。
  この頃は、とりわけ学閥が重要視されていた時代でした。亀鑑は、旧制一高から東京帝国大学というエリートコースではなかったがために、何かと冷遇を受け、昇進などに関して悔しい思いを幾度もしたようです。そのことから、実力をつけることこそ最大の抵抗であると考え、次の言葉を自らに言い聞かせ、実行しました。
 「学才にあらず 閥派にあらず たゝ゛至誠にあり」
亀鑑の学問的信念とも言えるこの言葉は、旧石見東小学校にある文学碑に刻まれています。